『コンプレックス』 河合隼雄著 岩波新書
本書の著者である河合隼雄氏は、ユング学派の心理学者として著名であり、一般の方への啓蒙書から、専門家向けの学術書まで、幅広く多彩な著書があります。
本書は、どちらかというと一般の方よりもより詳しい方に向けた書いたものであり、さらにタイトルの「コンプレックス」という極めて難解な問題に対し、あまり寄り道をせずに学術的に向き合った新書です。
ということで、最初のうちはちょっと取っつきにくい印象で、難解だなぁとこの本を手にしたことを後悔するかもしれません。
しかし、そこをひとまず我慢して読み進めてみてください。
すると、だんだんと河合隼雄氏のペースにはまり込んでいき、どんどんと興味が沸いてくること受け合いであります。
もちろん、全くの初心者が読み進めるにはハードルが高いかもしれません。ある程度ユング派の心理学がどのようなものなのかという概要や、心理学の用語を少し知っておかないと、本書の意図は中途半端にしか伝わらないかもしれません。
本書の内容は、タイトル通り「コンプレックス」について考察したものであります。コンプレックスとはどういったものなのか、心の様相、階層のようなものを最初に解説していき、フロイトの学説とユングの学説の違いなどが分かりやすく示してあります。
私がこの本を手にしたのは、自分の心の中に巣くう手強いコンプレックスを解消したいというがありました。もちろん本書はコンプレックスというものを学問的に考察するのが目的であり、コンプレックスを解消するためのハウツー本や自己啓発本ではないことは百も承知であります。
しかし、“将を射んとせばまず馬を射よ”というように、そもそもコンプレックスとはなんなのか、その定義から見てみようではないかというのがそもそもの興味のはじまりでありました。
ということで、本書の出だしのコンプレックスへの考察は、なるほどなるほどと思えるような、頭での理解を促すとても分りやすい解説が続いており、とりあえずそれはそれで満足いく内容であります。
その満足感を基礎にしながら読み進めていく、すると、何だか本書の感触がどんどん変わっていき、読んでいる私自身の心もまた変わっていくことが分りました。
それは、コンプレックスというものは、決して退けるべきものではなく、自分の成長のためには時に必要なことでもあり、コンプレックスを自覚するということは、自分自身の心の進歩でもあるという、コンプレックスをある意味必要悪とでもいうのか、直視できない辛いことではあるけれど、そこに向き合うことで心の成長に繋がるという肯定的なメッセージが込められているからだと思います。
最初は学術的な内容を期待して読み進めたものでありますが、いつしがたからか、本書から得られる感触は、自己を肯定するためのコンプレックスとの共同の仕方となり、読み終わった後、どことなく心が軽くなっているのが分ります。
本書は、学術的な内容と、自己啓発というものがうまく融合した希有な一冊ではないでしょうか。
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