『わたしが正義について語るなら』 やなせたかし著 ポプラ社
小さい子達は、みんなアンパンマンが大好きです。キャラクターを見るだけで飛びつきます。
しかしその一方で、結局のところアンパンマンだって暴力的なシーンがあるじゃないかと、(少数だとは思いますが)自分の子供にはアンパンマンを見せないという方もおります。それも一つの意見だと思いますし、そう思ってみると確かにそんなところを感じなくもありません。
のんびりしたあのアンパンマンの世界観。しかしアンパンマンとばいきんまんとの抗争は、いったい何を伝えようとしているのか、そして正義というものをどう表現しようとしていたいのか。作者であるやなせたかし氏が、どのような思いでアンパンマンを誕生させ、どのような願いを以てこの物語を描き続けてきたのだろうか。
本書の最初の出だしは、ゆるく正義についての語り。アンパンマンに登場するメインキャラの役割を語ったり、やなせ氏が若い頃に見たフランケンシュタインのお話など、正義についてやさしく紡ぎ出します。
しかしその正義の話は決して堅苦しいものでもないし、押しつけがましくもない。時には厳しい現実のお話しも含めて、やなせたかし氏自身もまだまだ模索し、模索しながらも絵本作家としての希望も持ちつつという感じがよく分ります。
もっともらしく「これが正義だ!」と定義づけることはかえって胡散臭く、危険な香りがするものですが、やなせたかし氏も戦争の前後で正義がガラッと変わってしまった現実を見てきたこともあるのだろうと思います。
出だしが少し済んだところで、やなせたかし氏の生い立ちや売れっ子漫画家になるまでの道のりを語っていきます。本書のタイトルにある「正義」とは全く無縁のお話にはなりますが、やなせたかし氏が歩んできた道のりは、さまざまな縁が折り重なりながら導き出されたものだと分かり、ある意味それは、一人では決して成り立たない物語を紡ぎ出す原動力なのかなと思ったりと、興味深いところもあります。かの名曲、『手のひらを太陽に』の誕生秘話も見逃せません。
やなせたかし氏の歩みが終わったあとは、ダーッと一気に正義や未来についての語りが続きます。時にやさしく、時に厳しく。そしていつのまにやら正義の話というよりは、人生そのもののお話しへ。
一見するとアンパンマンはほのぼの、弱々しい感じにも見えるヒーローでありますが、その芯は骨太。そのアンパンマンの根っこに触れることが出来るならば、また、触れてほしいと願っているのであれば、アンパンマンはとてもお子さんにとって勇気を教えてくれる物語になるのではないかと確信を持てました。
本書の最後には、あの名曲であるアンパンマンの主題歌が記されています。それを目を追って読んでいくと、いつの間にか目頭が熱くなっている自分に気がつくのであります。
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