『子どもの宇宙』 河合隼雄著 岩波新書
著者の河合隼雄先生は、数ある心理学の流派の中でも、ユング派に所属し、その流派の第一人者であります。惜しまれながら2007年に他界されましたが、著書も多く、その著書の中には人間への温かい眼差しに根ざした言葉多く、励まされた方も多いのではないでしょうか。
本書は、タイトル通り、“子どもの宇宙”、つまり、子どもの心の中に拡がる広大な心象風景について、河合隼雄先生らしい視点でやさしく述べたもの。
本書の特徴は、難しい心理学の用語がほとんど出てこないこと。そして、子どもの宇宙を語る題材として、主に児童文学を取り上げているところ。私個人としては、児童文学にはほとんど馴染みがなく過ごしてきたので、正直本書を読み始めた当初は、それらを取り上げる意味があまりピンときませんでした。大人が子どもに向けて書いた本ということで、子どもの視点と言うよりも、大人の視点に成り下がっていないのか?という疑問もあり、中には実際に作者が幼少期に経験したことを、寓話的に盛り込んであるのだと思いますが、それにしても、そこに子どもの宇宙が再現されているのだろうか?という疑問がありました。
しかし読み進めていくうちに、それぞれの物語には子どもの宇宙が色濃く遺っており、そこから子どもの心象風景を理解する足がかりになると言うことが示されていて、とても興味深くなります。
一見何気なく読み過ごしてしまいそうな物語の中に、見逃してはいけない子どものサインを見つけ出す、そうったクライアントに寄り添った眼差しは、著者の河合隼雄先生ならではということなのでしょうか。
河合隼雄先生が所属するユング派は、夢の世界を重視したり、シンクロニシティ(意味のある偶然)を大事にしています。例えば、クライアントがガラッと変わる時のきっかけとして、夢で死を経験したり、何か突然動物が現れたりと、偶然なのか、必然なのか、振り返るとあれがきっかけになったという事件のようなことが起きたりするそうです。特にセラピーやカウンセリングを受けている最中にはそういったことが起きやすく、そしてそのきっかけによって、クライアントの状況が一変して改善していくということがあるそうで、そこに大きな深層心理の力が関わっているというのが、ユングの考え方の一つです。
本書にも実際のカウンセリングの実例が載っておりますが、そういったきっかけがやってくる時はとても感動的で、クライアントはもちろんのこと、カウンセラーも一つの成長を遂げると言うことで、とても興味深いものがあります。
実際我々の普通の生活の中でも、大なり小なり様々な事件のような不測の事態が起きるわけで、渦中の中にいると右も左も分らなくなって戸惑うこともありますが、こういった何かのきっかけになるというユング派の説を頭の片隅にでも置いておくとちょっと心が楽になるかもしれません。
本書は、上述したように、やさしい児童文学を例に挙げて話を進めているので、とても簡単に読むことができると思います。しかしその簡単な記述からは考えられないくらい、多くの示唆に富んだ内容となっています。そして、決して焦らない河合隼雄先生の“待つ”姿勢は、現在子育てをしている真っ最中の方にも、現在ちょっとした悩みを抱えている方にも、大いに参考になるところがあるのではないでしょうか。
子どもという時期は、心も身体も大きく変化を遂げる時期であります。その時期を誰もが通ってやがて大人になります。十人十色の幼少期を過ごして大人になるわけですが、完璧ではないにせよ、それぞれの子どもの物語にじっくりと付き合える大人でありたいと思うのであります。
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